蓮池通信
子ども×神奈川県立美術館・鎌倉館

蓮池通信ブログ

本サイトは、横浜国立大学教育人間科学部附属鎌倉小学校の子どもたちと神奈川県立近代美術館鎌倉館との交流から生まれました。 これまでの交流記録をはじめ、現在の活動の様子や子どもたち自身が日々感じていることをブログで少しずつ発信していきます。

ミナモの波紋のように、だんだん広がって、大きくなることを願って…。

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投稿者: grouprough

美術館はぼくらの宝箱11

2009.07.30 Thursday



 5年生の時、鑑賞はあまり楽しくなかった。絵からいろんな言葉は拾えた。でも暗い部屋で大きなスクリーンを見ると目が痛くなるし、何も拾えない時はつまらなかった。6年生の時、ようやくその考えが変わった。5年生からずっと音、季節、気持ち、よくわからないこと、色々感じとるうちに人の考え方がわかるようになった。そう感じた。そのときにやっと鑑賞してきてよかったって感じることができた。

 初めての美術館は楽しかった。自分は静かなところが好きだから。1つの絵に熱心になれて時間内にすべての絵を見切るのは不可能だった。感覚で「何かイイ」と思った絵からバンバン言葉をみつけて、感じた。でもなんか違う気がして、しばらく経ってから前の部屋に戻って、さっき嫌だな、と思った絵を見直した。すごくヤな気持ちになったけど、なぜか胸の奥がスッとした気がした。やっと自分と向き合えたのかも。それが6年生になってからで、5年生の時は逃げてた。それも3年経った今やっと気づいた。色んな安らぎをくれる。それが美術館、なのかな??よくわかんない。

 でも、一つ確実なこと。それは3年間の活動の中でとても大切なものから目をそらそうとしていること。今もそう。絶対に正直じゃない。字がきれいなところは嘘をついているアカシ。どーでもいいことに目を向けて自分のことを嫌いになろうとしている自分がよくわかんない。もう何もわかんない。3年間っていったいナニかな。今わかりそう。でもわかんない。この心境を楽しく、おもしろく感じれるときっとわかる。もっと時間をかけて、何年もかけてわかるようになった自分を見たい。もっとこの活動を続けたい。

 今の自分は、自分がいつも描いている絵に例えるとスランプ状態。この時期があと1年半続くから早く超えたい。今の自分てナンダろう?やっぱよくわかんない。あいまい大好き人間?ハッキリとした数字とか嫌いな人?今はそう思っとく。うん。結果にまどわされない人っていいな。

言葉:みそすけ(2007年度6年1組)
写真:高松(2006年9月撮影)

美術館はぼくらの宝箱 | 11:17 | -

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